Substackはじめてみた。けれど、何を発信していこうかと思いあぐねているあなたへ。
発信するコンテンツのジャンルの決め方《その1》
こんにちは! りらの花です。まずは簡単に自己紹介。すでにご存じの方は、飛ばしてください。
会社員→オーストラリア遊学を経て、21年前にフリーランスとして独立。以来、ライティングを仕事の一つの柱として活動してきました。
手がけてきたのは、広告制作、取材ライティング、SNS運用、広報、企業サイト運用など幅広く。
そして今年の1月からは、起業家1年生に。手始めにnoteでメンバーシップ『ことばと書く人の寺子屋』を開講しました。
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昨日のニュースレターで、Substackを長く楽しむには、「早いうちから発信するコンテンツのジャンルを決めておこう!」とお伝えしました。
じゃあどうやって「発信するコンテンツのジャンル」を決めればいいの?
このテーマで、これから数回にわたりお伝えしていこうと思います。
■そもそも、コンテンツってなんでしょう?
私の本棚にあった『人がうごくコンテンツのつくり方』(髙瀨敦也著 クロスメディア・パブリッシング)には、こんな記述がありました。
しかし、私は「この世にあるものすべてがコンテンツである」と考えています。厳密には「誰かがコンテンツだと思えばコンテンツ」であると思っています。なぜなら、人からコンテンツだと認識されるかどうかが、コンテンツであるかそうでないかの境界線だと考えているからです。
確かにそうだなと。たとえば、「日記」。noteでもよく「日記は読まれませんよ」なんて言われます。
けれど、世界的にベストセラーとなっている『アンネの日記』はどうでしょう? 立派な(立派過ぎる)コンテンツですよね。
すなわち、「日記」はコンテンツにならないのではなく、人からコンテンツだと認識されれば、コンテンツになり得るのです。
『アンネの日記』の場合、「死と隣り合わせの隠れ家生活」という特殊設定や歴史的背景、さらにはアンネ自身のたぐいまれな洞察力や自己内省の深さ。
そして、作家やジャーナリストになることを夢見ていて、戦争が終わったら「出版したい」と自ら編集や推敲もしていたと言います。
そうしたさまざまな要素に、読む人が心打たれた。これは「読むべきもの」だと認められた。それが、一人の少女の日記がコンテンツにまで昇華した所以です。
では、アンネのように過酷な状況にいない私たちの日記はコンテンツになり得ないのでしょうか?
そんなことはありません。
もちろん、『アンネの日記』のような世界的ベストセラーになるのは難しいでしょう。けれど、Substackのコンテンツには十分なり得ます。
Substackの公式ページでこんな記事を見つけました。
100人の購読者を見つけるまでのステップについての記事ですが、その中でこんな記述がありました。
翻訳すると
個性を思いきり出しましょう。
購読者向けに書く醍醐味は、読者があなたの考え方を聞きたくて集まっているという点です。だから、ありのままの自分を出してください!テーマが限定的であっても、自分らしい視点や解釈を加えることを恐れないで。そうすることで文章に独自の味が生まれ、読者の記憶に残りやすく、シェアされる可能性も高まります。
となります。
つまり、「あなたの考え」「自分らしい視点や解釈」が、コンテンツになるということです。
私はnoteで1年と4ヶ月、毎日記事を書いてきました。内容はノウハウ系やビジネス系、お役立ち系の記事ではありません。日々感じたこと、考えたことを書いている、いわば、「りらの花の日記」です。
けれど、これまでに40万ビューを超え、今年3月より始めたメンバーシップにも初月からご参加いただいています。
私が文筆業で21年というキャリアがあることも、その理由の一つかもしれません。
けれど、いちばんの理由は「りらの花の考え」「りらの花らしい視点や解釈」を前面に打ち出しているからです。
ノウハウやお悩み解決系の記事は、単発では有効。けれど、note、そしてSubstackのような中長期購読型のメディアでは、エンターテイメント性が高いことのほうが求められます。
ここで言うエンターテイメント性とは、お笑いや派手な演出という意味ではありません。
今日は何を語ってくれるのだろう?という期待感です。
私の場合でいえば、日々の生活、人生を「言葉」を通して観察、解釈、そして編集している感覚で書いています。
たとえば、庭に咲くバラを見て、「庭できれいなバラが咲きました」で終わるのではなく、
なぜ、今日はこの色のバラに目が止まったのだろう。
なぜ、この色がこんなにも心に残るのだろう。
そんなふうに、自分の感情や思考を少し立ち止まって、俯瞰して眺めてみる。
すると、日常の風景だったものに「輪郭」が生まれます。
つまり、コンテンツになるのは「特別な人生」だけではない。「その人にしかない視点や解釈」なのです。
なので私は、Substackでも「何を書くか」以上に、「どう見ているか」が大切だと思っています。
そして、長く読まれる人ほど、「自分だけの見方」を持っています。
これは逆に言えば、発信ジャンルを決める際のヒントにもなります。
・自分は何に反応してしまうのか
・どんな出来事を見ると考え込んでしまうのか
・何を見たときに語りたくなるのか
そこに、その人らしいコンテンツの種が眠っているからです。
昨日の記事に、マミさんからこんなコメントをいただきました。
substackに来てWEB系デザイナーさんに目がいきます。A Iプロンプトの紹介記事が私的に今熱い。プロの技術に憧れてる私としては、そういうのにときめいちゃう。
これも、十分コンテンツになりえるのです。SubstackのWEB系デザイナーさんの紹介コンテンツ。マミさんの視点で、まだ知られていないデザイナーさんを発掘し、その良さを伝える。
「どこにときめいたのか」
「なぜ惹かれたのか」
「そのデザインのどんな空気感が好きなのか」
その「ときめきの解像度」こそが、コンテンツになるのです。
というわけで、本日はここまで。次回はさらに深堀して、「自分らしい発信ジャンル」を見つける方法についてお話しします。
まだ購読の登録をしていない方は、この機会にぜひ!
最後までお読みくださり、ありがとうございました。
なにかピンとくるところ、こんなテーマで書いてほしいということがありましたら、 コメントをいただけると、りらの花もほころびます✿
それではまた次のPOSTでお目にかかりましょう。







自分の視点で物を書くと、コンテンツになる・・サブスタ公式さんのSo, be yourself!ってステキですね。
「何を発信するか」より
「何が残っているか」を
眺めるのが先な気がしています。
書きたいことを
無理に引き出すんじゃなく
ぼんやりした輪郭が
くっきりするまで待つのもありかと思います。