「文章を正しく書きたい」と思ったとき、最初に考えたいこと
私は翻訳者の仕事していて、あの投稿を読んで「確かにそうだ」と思いました。ただ、文章を書くことではなく、訳すときにも書き手と読み手の見方から考えないといけないですよね。また、無理やり言語化してしまうと、違和感を感じる人もいるので、確かにりらの花の投稿に一致しますもんね。
Snehaさん、ありがとうございます。翻訳だと、単に読み手と書き手の架け橋だけでなく、文化の架け橋にもなりますよね。その差をうまく埋める仕事ですね^^
そうですよね。AIが導入されてからは翻訳のやり方が変わってきて、文化のニュアンスを掴まれらない印象でした。その差を埋めることは大変だけど、結局、頑張って校正するのはやりと満足感があります。
私は推敲が好きです。
一度頭の中を全部書き出してから、言葉を入れ替えたり、順番を変えたり。
「これだ」としっくりくる表現が見つかる瞬間が、一番楽しいです。
今日の記事を読んで、その時間は「文章を整える」より、「読み手との橋を架ける」作業だったんだなと気づきました。
ピートンさん、ありがとうございます😊
まずは頭の中のことを書き出す。その時は自分との対話ですよね。
そして推敲するときに読む人の存在が大きくなります。
橋をかける作業だと気づかれた。そういう意味でも、ピートンさんは正しく執筆されていらっしゃるのですね☺️
僕も細かい表現は、自分らしくを考えて書くようにしていますね。ただ、誤字脱字はけっこうあって、これも含めて朴らしさかなと思うようにしています😢
たれさん、ありがとうございます^^
Substackはその点、後からいくらでも修正ができるのでよいですよね。誤字脱字を気にするより、自分らしさを一番に気にする。大事だと思います!
そうですね。自分らしさ大事にしたいです😊
自分で文章読み返してみたら、見事『僕→朴』と誤字を書いてるじゃありませんか!
朴、ちょっと笑いましたが、あえて触れませんでした(笑)
そうなんですよね・・・僕も「ん」は「の」になおさず書きます。むしろ「そうなのですよね」と正しく書くと違和感持って、その正しさはなにか他意が含まれてるのではと、深読みしてしまいそうになる「の」です( ̄▽ ̄)
バッチョ・リーさん、ありがとうございます。やはり「ん」派ですか!もちろん、「の」を使うのが正統派なのかもしれないですが、自分で違和感を感じていては、自分の言葉ではなくなってしまいますよね💦
そうなのです(´・_・`)
そうなのですと書くと、お高く止まっちゃってるのか、そういうキャラを演じていらっしゃるのかしら?
と深読みしてしまうのです( ̄▽ ̄;)
りらさーん!おはようございます🌷「正解はないけれど、その文章に求められる正しさはある」がすごくしっくりきます✨️私は誤字脱字というような意味での正しさも気になるけど、それよりいかに自分の想いや思考が伝わるかを考えるかな〜☺️自分らしさがないと発信の意味がないですよね🍀
まさみんさーん!おはようございます^^ 共感いただけて嬉しいです。もちろん、誤字脱字は気にすべきところなのですが、そういった正しさだけに気を取られて、肝心の自分らしさを見失っては本末転倒。伝わる発信にはならないですよね💛
りらの花さん、おはようございます。
僕は文章を出した後も直せるメディアではちょこちょこ直す方です。
誤字を直すこともあるんですが、正確さを突き詰めるための校正よりは自分らしさを出すための校正が多い気がします。
整いすぎた文章は引っかかりがなく流れてしまう気がして…。「ん」と「の」の話はよくわかります。僕もあえて「ん」にしたりしますね😌
山田さん、おはようございます。
Substackはその点、Notesのほうも修正ができるので便利ですよね。
整いすぎた文章は引っかかりがない。音声でも、あまり流ちょうだと右から左へと流れてしまうのと同じで、言葉にもその人らしい抑揚や熱量がありますね^^
私は翻訳者の仕事していて、あの投稿を読んで「確かにそうだ」と思いました。ただ、文章を書くことではなく、訳すときにも書き手と読み手の見方から考えないといけないですよね。また、無理やり言語化してしまうと、違和感を感じる人もいるので、確かにりらの花の投稿に一致しますもんね。
Snehaさん、ありがとうございます。翻訳だと、単に読み手と書き手の架け橋だけでなく、文化の架け橋にもなりますよね。その差をうまく埋める仕事ですね^^
そうですよね。AIが導入されてからは翻訳のやり方が変わってきて、文化のニュアンスを掴まれらない印象でした。その差を埋めることは大変だけど、結局、頑張って校正するのはやりと満足感があります。
私は推敲が好きです。
一度頭の中を全部書き出してから、言葉を入れ替えたり、順番を変えたり。
「これだ」としっくりくる表現が見つかる瞬間が、一番楽しいです。
今日の記事を読んで、その時間は「文章を整える」より、「読み手との橋を架ける」作業だったんだなと気づきました。
ピートンさん、ありがとうございます😊
まずは頭の中のことを書き出す。その時は自分との対話ですよね。
そして推敲するときに読む人の存在が大きくなります。
橋をかける作業だと気づかれた。そういう意味でも、ピートンさんは正しく執筆されていらっしゃるのですね☺️
僕も細かい表現は、自分らしくを考えて書くようにしていますね。ただ、誤字脱字はけっこうあって、これも含めて朴らしさかなと思うようにしています😢
たれさん、ありがとうございます^^
Substackはその点、後からいくらでも修正ができるのでよいですよね。誤字脱字を気にするより、自分らしさを一番に気にする。大事だと思います!
そうですね。自分らしさ大事にしたいです😊
自分で文章読み返してみたら、見事『僕→朴』と誤字を書いてるじゃありませんか!
朴、ちょっと笑いましたが、あえて触れませんでした(笑)
そうなんですよね・・・僕も「ん」は「の」になおさず書きます。むしろ「そうなのですよね」と正しく書くと違和感持って、その正しさはなにか他意が含まれてるのではと、深読みしてしまいそうになる「の」です( ̄▽ ̄)
バッチョ・リーさん、ありがとうございます。やはり「ん」派ですか!もちろん、「の」を使うのが正統派なのかもしれないですが、自分で違和感を感じていては、自分の言葉ではなくなってしまいますよね💦
そうなのです(´・_・`)
そうなのですと書くと、お高く止まっちゃってるのか、そういうキャラを演じていらっしゃるのかしら?
と深読みしてしまうのです( ̄▽ ̄;)
りらさーん!おはようございます🌷「正解はないけれど、その文章に求められる正しさはある」がすごくしっくりきます✨️私は誤字脱字というような意味での正しさも気になるけど、それよりいかに自分の想いや思考が伝わるかを考えるかな〜☺️自分らしさがないと発信の意味がないですよね🍀
まさみんさーん!おはようございます^^ 共感いただけて嬉しいです。もちろん、誤字脱字は気にすべきところなのですが、そういった正しさだけに気を取られて、肝心の自分らしさを見失っては本末転倒。伝わる発信にはならないですよね💛
りらの花さん、おはようございます。
僕は文章を出した後も直せるメディアではちょこちょこ直す方です。
誤字を直すこともあるんですが、正確さを突き詰めるための校正よりは自分らしさを出すための校正が多い気がします。
整いすぎた文章は引っかかりがなく流れてしまう気がして…。「ん」と「の」の話はよくわかります。僕もあえて「ん」にしたりしますね😌
山田さん、おはようございます。
Substackはその点、Notesのほうも修正ができるので便利ですよね。
整いすぎた文章は引っかかりがない。音声でも、あまり流ちょうだと右から左へと流れてしまうのと同じで、言葉にもその人らしい抑揚や熱量がありますね^^