こんにちは。りらの花です。
「文章を正しく書きたいのです」というご相談をいただきました。
私は少々理屈っぽいので(笑)、まず「正しい文章って何だろう」というところから考え始めました。
仕事柄、自分で書くだけでなく、他人の書いた文章を編集したり、添削したり、校正したりもします。
校正は専門ではないので、校正の参考書を片手に一文字ずつ確認した・・・なんて時期もありました。
今は、AIという優秀な相棒の登場で、誤字脱字や文法の誤りを見つける、不自然な表現を指摘してもらえるようになりましたよね。
よい時代になったなぁ。
それはさておき。恐らく、相談いただく「正しい文章」とは、文法や語彙の用法的な正しさだけではないと思います。
誤解されずに伝えたい、読みやすい文章にしたい、相手に失礼のない文章を書きたい、思っていることがきちんと伝わる文章にしたい、「下手な文章」だと思われたくない、自信を持って投稿したい・・・
こうした様々な意味が込められている。
つまり、「正しい文章」という言葉のなかには、安心や伝わること、あるいは評価への不安まですべて含まれているのです。
以前は、「正しい文章はありません」とお答えすることが多かったのですが、最近は少し、考え方が変わってきました。
正確には、「正解はないけれど、その文章に求められる正しさはある」と考えるようになったのです。
Substackのニュースレターであれば、多少くだけた表現でも、自分らしさが伝わるほうが価値になることがあります。
Substackは、発行者の顔が見えるメディアです。だから、情報そのものよりも「どんな人が、どんな視点で語るのか」が価値になります。
完璧で無難な文章よりも、自分らしいトーンや本音を出すことで、読者との距離が縮まり、熱量の高い継続的なファン(購読者)の獲得につながるからです。
一方で、企業のプレスリリースであれば、たった一文字の表現の違いにまでこだわります。その違いが誤解を招き、大きな損失につながる可能性すらあるからです。
このように、同じ「文章を書く」という行為でも、求められる正しさは異なります。
ここで一つ、分けて考えたいことがあります。それは、「ルール」と「基準」です。
文法や語彙の使い方、誤字脱字。これらはルールであり、読む人が途中でつまずかずに読めるようにするための、大切な土台となります。
一方で、どんな言葉を選ぶか。どこまでくだけた表現にするか。どんな順番で伝えるのか。
こうした選択はルールではなく、目的に応じて選ぶ基準です。
なので私は、AIに校正をお願いすることはあっても、指摘をそのまま受け入れることはありません。
たとえば、日頃書いているこうした記事では、「語りかけるように」書くことを意識しているので、「~なんですよね」という表現をよく使います。
たいていは、「ん」を「の」に変えて、「なのですよね」とした方がよいと指摘を受けます。
けれど、あえてそのまま残します。そのほうが、「りらの花」らしいリズムが出ると思っているからです。
一方で、執筆依頼を受けた仕事であれば話は別。
そこでは、私らしさではなく、クライアントさんの「表記基準」や「トーン・マナー」に合わせることが必須となります。
また、私が編集する側に立つときは、書き手の個性を消さないことを大切にしてきました。
文章を整えても、その人らしさまで整えてしまってはならぬ。
それが私の文章への向き合い方だからです。
こうして考えてみると、「正しい文章」とは、書き手が伝えたいことと、読み手が受け取ること。
その橋渡しがうまくできている文章ではないかと思います。
一つの記事を書き終えたとき、最後に確認することは「これは正しいだろうか」ではありません。
「この文章の向こうにいる誰かへ、橋は架かっただろうか」
この問いに「YES」と言える文章こそ、私にとっての「正しい文章」です。
✿ おりらちゃんの今日のまとめ ✿
皆さんは文章を書くとき、「正しさ」と「自分らしさ」のどちらを意識していますか。最近感じたことがあれば、ぜひコメントでお聞かせください。
それでは、また次回のニュースレターでお目にかかりましょう。
私が主宰するnoteのメンバーシップ『ことばと書く人の寺子屋』。
8月は「伝わる文章」をテーマに、自分らしさを残しながら届けるための実践を重ねています。
文章を「正しく書く」ことではなく、「伝わるように育てる」こと。ご興味がある方は、ぜひご一緒できたら嬉しいです。





私は翻訳者の仕事していて、あの投稿を読んで「確かにそうだ」と思いました。ただ、文章を書くことではなく、訳すときにも書き手と読み手の見方から考えないといけないですよね。また、無理やり言語化してしまうと、違和感を感じる人もいるので、確かにりらの花の投稿に一致しますもんね。
私は推敲が好きです。
一度頭の中を全部書き出してから、言葉を入れ替えたり、順番を変えたり。
「これだ」としっくりくる表現が見つかる瞬間が、一番楽しいです。
今日の記事を読んで、その時間は「文章を整える」より、「読み手との橋を架ける」作業だったんだなと気づきました。