書くことが好きなのに、なぜ苦しくなるのか
書くことが苦しい人ほど、Substackで書いてほしい理由
こんにちは! りらの花です。
個人で発信活動をするようになってから、気づいたことがあります。
それは、書くことが好きな人ほど、意外と書くことに苦しんでいる。
むしろ、真面目な書き手ほど苦しそうです。そもそも書くことが好きではない方は、AIにお任せですからね。
何を書けばいいのか。
こんなことを書いて意味があるのか。
書いても思ったような反応がない。
その苦しさの正体とは・・・。今日はそんなお話をしてみようと思います。
多くの人は、文章が書けないわけではないのですよね。
日々、たくさんのことを考えている。けれど、手が止まってしまう。すると、内容や文章力、文章術に課題があると思ってしまいがちです。
けれど、いろいろお話を伺っていくと、本当の原因は違うところにありそうです。
その大きな要因の一つは「評価される場所」で書いているからではないかと。
Xでも、Threadsでも、noteでも、そしてSubstackでも。投稿すれば、即座に「いいね」であったり、「スキ」という評価が返ってくる。
私は20年以上、企業の発信活動のサポートをしてきました。もちろん、評価はつきものです。
どのくらいのインプレッションが取れたのか? ダイレクトメールの開封率は? 申込者数は? ビュー数は?
常に評価の数字を見てきました。
それはそれでプレッシャーではありましたが、個人のメディアでは、また違うプレッシャーがあると感じています。
企業の発信であれば、「この企画は刺さらなかった」で終わります。そして、企画や発信の内容、対象者、タイミングなどの改善点を探せばよい。
もちろん、結果が思うように出ずに落ち込むこともあります。
けれど、気持ちをすぐに切り替えて、結果を客観的に見たり、対策や改善策を考えたりすることができるのです。
一方で、個人の発信は少し違うのですよね。
なぜなら、書いている内容が自分自身についてだから。
自分の経験。自分の感情。自分の考え。
それを言葉にして差し出している。
なので、反応が少ないと、記事が読まれなかっただけなのに、まるで自分自身が否定されたような気持ちになることがあるのだなと。
「こんなに考えて書いたのに、思ったほど反応なかったな」
私にもそんな日があります。
でもこう考えるようにしています。果たして「私」が否定されているのだろうか・・・と。
評価されているのは、自分そのものではない。
その距離感を保つことが、書き続けるためには必要だと考えていますし、距離を取る方法も知っています。
ところがSNSでは、そのように捉えている私であっても、距離感を容易に失いやすいことも確か。そうした構造になっているからです。
反応が瞬時に返ってくる。それがよければ安心するし、悪いと落ち込む。
もちろん、企業発信でもSNSを使っていたので、同じように瞬時に反応は返ってきます。
けれど個人発信のように、自分のスマホに着信が入ってくることはありません。反応を確認するまでに、一定のタイムラグがあります。
そういった意味で、個人発信は反応や数字との距離が近すぎるのだなぁと。
記事を公開したあと、何度もアプリを開いて確認してしまう、なんてお話もよく伺います。
いいねは増えたか。誰かコメントしてくれたか。フォロワーや登録者は増えたか。
これでは、常に採点結果を見ている状態で気持ちが休まりませんよね。
しかも、その採点対象は他人の商品やサービスではありません。
自分の考え、自分の経験、自分が大切にしている言葉です。
だから苦しくなって当然。数字を見ているつもりが、いつの間にか自分で自分自身を裁き始めてしまうからです。
その点、Substackは少し不思議な場所です。
もちろん、記事やノートを投稿すれば反応が返ってきます。けれどその速度は、心持ち緩やか。
以前の投稿に反応いただける機会も多いです。
だからなのか、自分の言葉も「消耗品」ではなく、積み上がっていく資産のように感じられる。
反応が緩やかで、さらにアルゴリズムのご機嫌を伺う必要もない。
そうした環境だと、自然と自分自身が納得できる言葉を探すようになるものです。
表現したいことは何か。
本当に伝えたいことは何か。
そんな問いに向き合う時間が増えます。
だからこそ、反応との距離を少しだけ取れるSubstackという場所に、ほっとするのかもしれません。
書くことが好き。けれど、書くことが苦しい。
そんな方にこそ、Substackという場はとても合っているのではないかと思います。
✿ おりらちゃんの今日のまとめ ✿
Substackという場、あなたはどのように感じていますか? コメントで教えてください。
それでは、また次回のニュースレターでお目にかかりましょう。
私、りらの花と交換日記をしませんか? 「自分のことば」を取り戻す、《ことばの交換日記》はじめました。一度、覗いてみてください。





おはようございます。いつも気づきの多い発信をありがとうございます。
私にとってSubstackは、
自分の言葉を少し深く置いておける場所だと感じています。
一瞬で流れていくというより、
本棚に少しずつ積み上がっていくような感覚。
だから、書くことが好きだけれど苦しい人にとって、
とてもやさしい場所なのだなと感じました。
義務なってしまうとめんどくさくなるし、ええかっこしようと思うと体裁考えるし、そんなことをを自分で課してしまうと、どんどん苦しくなるし、停滞しはじめる。
思い切り自己中に振り切って、「私は全地球のために書いている!」「まだ見られていないのは私についてこれないからだ!」
くらいの気持ちでもいいのかなって思ってもいますね。
短編小説のように、思いを吐露していけな良いのかなって思います。