言葉にならない感情は、どこへ行くのだろう
書くとは、言葉にならない感情を探しに行くこと
こんにちは! りらの花です。
私はかれこれ30年以上、何らかの「書く」仕事をしてきました。最近は個人でメディアを持ち、日々発信を続けています。
そうした中で、改めて考えるようになったことがあります。
書くとは、いったい何だろう?
なぜ人は言葉を紡ぐのだろう?
そんな問いです。
最近、書くという行為は「言葉にならない感情」を探しに行くことではないかと、感じ始めました。
私たちは日々さまざまな感情を抱えながら生きています。
嬉しかったこと。悲しかったこと。腹が立ったこと。悔しかったこと。
けれど、そのすべてを言葉にできているわけではないですよね。
なんとなくモヤモヤする。
なぜか気持ちが晴れない。
説明はできないけれど苦しい。
そんな感覚のまま抱え込んでいるものも少なくない。
そして残念なことに、それらは放っておいても消えてくれません。見ないようにしていても、忙しさでごまかしていても、心のどこかに残り続けます。
それは例えて言うなら、ワインボトルの底に沈殿している澱(おり)のようなもの。
普段は見えない。けれど確かにそこに存在している。
あるいは、火山の地中にあるマグマのようなものかもしれません。
静かに見えても、内側では熱を持ち続けている。
だからこそ、人は言葉を求めるのだと思うのです。
書くことで
自分が何を悲しんでいたのか。何に怒っていたのか。本当は何を望んでいたのか。
少しずつ詳らかになっていく。
頭の中にあるうちは曖昧だったものが、文字になった瞬間、突然こちらをまじまじと見つめ返してくるのです。
「本当にそう思っているの?」
「それは誰のための言葉?」
「本当は何が苦しかったの?」
こんなふうに問いかけてくる。
だから書くことは、自分自身と向き合うことでもあります。
ときに苦しい。見たくなかった感情や矛盾を直視せざるを得ないこともある。
けれど、その苦しさの先にしか見えない景色があるから書く。そう思っています。
ただ、ひとつ難しさがあります。
言葉にならない感情は、人の心を動かす力です。
悲しみも。怒りも。喜びも。切なさも。
すべて文章の源泉になり得ます。
だからこそ、自分の内側にあるものを誰かに分かってほしくなる。
本当はこんなことがあった。
本当はこんな気持ちだった。
本当はこんなふうに苦しかった。
そうして、心の奥にあるものをそのまま差し出したくなるのです。
けれど、それが良い文章になるとは限りません。
感情をむき出しにしたままの言葉は、読み手にとって重すぎることがあります。
生々しすぎて受け止めきれない。
あるいは愚痴や自慢として受け取られてしまう。
本当に伝えたかったことが、その強い感情の奥に埋もれてしまうのです。
そして書き手自身も傷つきます。
むき出しの感情をさらすということは、自分のもっとも繊細な部分を外気にさらしている状態でもあるからです。
予想もしなかった反応に傷つくこともある。
否定されたような気持ちになることもある。
だから消耗してしまう。
「感情を隠した方がいい」と言いたいわけではありません。
感情のない文章は、人の心に届かない。
ただ、その感情を誰かに届く言葉へと変換するためには、「編集」という工程が必要なのだと思うのです。
マグマをそのまま流してしまうのではなく、器に注ぐ。熱量は残したまま、形を整える。
そうした編集作業があるからこそ、自分も守られ、言葉も遠くまで届くのです。
感情と言葉は切り離せません。だから文章には命が宿ります。
けれど、自分と言葉は少し切り離さなければなりません。
投稿ボタンを押した瞬間、その言葉はもう自分だけのものではなくなるからです。
その言葉をどう受け取り、どう解釈するかは、読み手の自由です。
そこに書き手自身の価値や人格を結びつける必要はありません。
熱い想いを原動力にしながら、差し出す器は冷静に整える。
その繰り返しが、「書く」という営みなのではないでしょうか。
そして今日もまた、自分の中にある言葉にならない感情を掘り起こしながら、こうして文章を書いています。
✿ おりらちゃんの今日のまとめ ✿
あなたが書く理由は何ですか? コメントに残していただけたら嬉しいです。
それでは、また次回のニュースレターでお目にかかりましょう。
✿ 自分の言葉を編集する方法について、noteでお伝えしています ✿





「感情の熱量は残したまま、形を整える」というところが印象に残りました。
書くことは、感情をそのまま置くことではなく、読み手に届く形まで運ぶ作業なのですね。熱すぎる鍋を、ちゃんと布巾で持てるようにする感じがしました。
自分を守るためにも、言葉を遠くまで届けるためにも、編集は冷たさではなく、やさしさなのだと感じました。
りらさん、おはようございます。
書くこと、私は時折YouTubeの自分のお気に入りの動画を見てコメントを書いたり、自分のはっぴー習慣としてその日にあった自分が良かったと思うこと3つ書くということをしております。
先日、自分が書いたコメントに思わぬ返信があって、それに対する返信をして、説明しちゃいました。
自分の書いた思いが汲み取ってもらえていなくて残念でした。
最近は、色々な調べものからスマホで検索するとスマホのAIが答えてくれて、そこで自分が言いたかったことの確認が出来たりして、自分の問題解決に役立っていたりします。
気付くと最近のお子ちゃま達のようなことをしているなぁと(笑)
昔から、色々と疑問に思ったり、必要なことをスマホで検索して、調べたりしていましたが最近はスマホのAIと会話する感じになっています。
昔、ある人から書くことで自分の考えていることや、気持ちが整理出来ると聞いていましたが、最近とみに書いている内に自分の心の中のものに気付くことが増えてきました。
私はまだまだ文章が拙いせいか文章が長くなってしまいます。
そこも直したくて、りらさんから文章を書くことを学んで行きたいと思ってフォローさせて頂いていたのでした。
今回のお話、とても参考になりました。
自分の思いをもっと短く簡潔に人に分かってもらうように書きたいと日々思っているのですが(笑)
性格でしょうか、何故かしら順を追って書く癖?性格でしょうか?
そのせいで文章がとても長くなってしまう感じがあります。
今日もお話をありがとうございました。