こんにちは、りらの花です。
先日、友人と話していた時のことです。
「最近、人生に少し停滞感があるんだよね」
そんな言葉から会話は始まりました。
私がnoteで「人生の棚卸し」について書いていることも知っていて、自分でも試してみたそうです。
でも、どうもしっくりこないとのこと。
何をどのように書いたのか聞いてみたところ、これまでの出来事を時系列で書いてみたそう。
卒業、仕事、転職、結婚、子育て、引っ越し、そして出会いや別れ。
確かにそれも「人生の棚卸し」です。
けれど、話を聴きながらこんなことを思いました。
出来事は書き出したけれど、その出来事を生きていた当時の、自分の気持ちを見つめることはしたのだろうか・・・と。
人生には、ふと立ち止まる瞬間があります。
転職を考え始めるときや、子育てが落ち着いたとき。
人間関係に違和感を覚えたときや、志を見失ったとき。
大切な人との別れを経験したとき。
あるいは、取り立てて大きな出来事はないのに、なぜか「このままでいいのだろうか」と感じるとき。
そんな節目に、「これまで何をしてきたのだろう」と過去を振り返りたくなるもの。
もちろん、それも必要なこと。
けれど、ほんとうに見つめたいことは、その出来事を生きていた自分が、何を感じていたのか。
私は、そのほうが自分自身を理解する手掛かりになると感じています。
生きていると、「感じる」よりも「動く」ことを優先させなければならない場面がたくさんあります。
学生であれば、期待に応えること。社会人なら、成果を出すこと。親になれば、家族を支えること。
あるいは、リーダーシップを発揮したり、調整役になったり、誰かの相談に耳を傾けたり。
こうした役割には、共通していることがあります。
それは、「私はどう感じたか」よりも、「ちゃんと役割を果たせているか」
そちらを優先する時間が、増えていくということです。
だから、ほとんどの場合、自分の感情は後回しになります。
そして後回しにしているうちに、その感情があったことさえ忘れてしまう。
さらに、「感情をあまり表に出さないこと」が美徳とされる文化的、社会的背景も相まって、「どう感じているのか」を言葉にする場面は、思っている以上に少なくなってしまうのです。
そうこうしていると、人生の節目が訪れます。
そんなタイミングでふと顔を出すのが、これまで置き去りにしてきた感情です。
「なんだかモヤモヤする」という感覚はある。けれど、そのモヤモヤにどう名前をつけていいのかがわからない。
だから私は、「出来事の棚卸し」以上に、「感情の棚卸し」まで踏み込んでみます。
出来事は終わります。過去になります。
けれど、その時に感じたことは、案外、心の奥底に居座り続けていることのほうが多い。
言葉にならなかった感情は、心のどこかに残り続けるのです。
「ほんとうは悔しかった」「とても寂しかった」「安心した」「嬉しかった」「怖かった」「誇らしかった」・・・。
ポジティブな感情も、ネガティブな感情もあります。
そのどちらも否定する必要はない。ただ、「そう感じていた」ことを認める。
その瞬間、長いこと行き場を失っていた感情が、ようやく居場所を見つけることができるのです。
そして、そうした時間こそが「書く力」を育てると思っています。
文章が上手い人は、難しい言葉や気の利いた表現を知っている人ではない。
目には見えない感情を丁寧に観察し、それを読む人に伝わる言葉へと置き換えられる人です。
人生の節目のたびに、出逢う問いかけの言葉。
「私はこれまで何をしてきたのか」
この言葉を
「私は何を思い、感じながら生きてきたのだろうか」
に変えてみる。
そうしたとき、はじめて出来事として振り返っていた人生が、「自分の人生」として実感を持って立ち上がっていきます。
「人生の棚卸し」とは、出来事を並べることではなく、その一つひとつの出来事に意味を与えてきた自分の感情と、もう一度出逢い直すことではないかと思っています。
人生の節目にあるときは、過去に何があったのかではなく、その時の自分は何を思い、どう感じていたのか。
そんな問いから、人生をもう一度読み返してみるのも、悪くないのかもしれません。
ターニングポイントになった出来事はありますか? その時、どんな気持ちだったのでしょう。コメントに残してみてください。
それでは、また次回のニュースレターでお目にかかりましょう。
人生の棚卸しは、ひとりでもできます。
けれど、自分では気づけない感情や思い込みは、意外と多いものです。
『ことばと書く人の寺子屋』では、毎月の問いかけやフィードバックを通して、自分でも知らなかった「自分の言葉」と出逢うお手伝いをしています。
書く力を身につけること以上に、自分自身を深く知りたい。
そんな方を、お待ちしています。





LILAさん、記事を読ませていただき、「感情の棚卸し」という言葉がかなりしっくりきました。
今までの出来事を振り返り、色んな想いが出てくると「自分はどう思ったのか」を整理し書き出しすることが凄く大事と思います。
特にちょっと引っかかる違和感に何かヒントが隠れていたりすると思っています。
りらさん、こんばんわ。
忙しい毎日、時間に追われると1つ1つの出来事が記憶に残らないことはよくあると思います。
棚卸しをしてもしっくりこないのは、事実を並べてるだけでは温度が残らないからであり、手触りの感覚などは弱くなりますよね。
資料でなく、物語として残す必要はあると感じます。
「出来事の棚」ではなく「感情の棚」として。
ターニングポイントとなったのは離職時ですかね...
仕事に対する気持ちと、親の具合に対する気持ち。
すっきりしないものの、晴れ晴れしたと言いますか。
感情も重なり合っていた時期だと記憶してます🐾