Substackを1ヶ月続けて見えてきた、残酷さと誠実さ
noteは農耕民族の村、Substackは狩猟民族の庭
こんにちは! りらの花です。
私がSubstackを始めたのは2026年の5月4日。ちょうど1ヶ月です。
この間で感じたのは、Substackはとても誠実であり、とても残酷な場でもあるということ。
誠実なのは、購読者という結果がすべて数字に現れる点。
残酷なのは、自分が動かなければプラットフォームは救いの手を差し伸べてくれないという点。
これは、同じく日々執筆している日本発のプラットフォーム「note」との違いでもあります。
こうしたプラットフォームの特性を知っておくことは、そこで自分のアカウントをどのように伸ばしていくかという戦略にも直結します。
そこで本日は、私が感じるSubstackの残酷さと誠実さというテーマでお話しますね。
noteという、至れり尽くせりの「農耕民族の村」
まず、日本発のプラットフォームであるnoteでは、よく「街」という表現がされます。
多種多様な人が集う「noteの街」という言葉に異論はありませんが、Substackと比べるとむしろ「農村」だなと。
運営という名の村長さんが、みんなで開墾した共同農場をしっかりと管理してくれています。日々の投稿企画という肥料も与えてくれ、『創作大賞』といった収穫祭まで準備してくれている。
そして何より、noteが注力しているのが「AIによるマッチング」です。
2月に鳴り物入りで導入された新しいレコメンドエンジン。4ヶ月ほど経ちますが、私の実感としては新規の読者さんが増えた、新規の方からのコメントが増えたように思います。
自ら探しに行かずとも、村の仕組みが機能しているおかげで、そこそこ収穫が得られる。実にぬくぬくとしたシステムです。
美しい仮面をかぶった「狩猟民族の庭」
一方でSubstackはどうでしょうか。
一見、ノイズの少ない洗練された庭に見えますが、その土壌の下にはゴリゴリの「狩猟民族の血」が流れている感じがします。
Substackのフィードは、自らが能動的に動かなければ真っ白のまま。
書き手にとってはかなりシビアともいえる状態で、noteのように勝手に連れてきてくれるどころか、広大な荒野で獲物を仕留めるがごとく、狩りに出るというのが基本のルールです。
今のところ、外のSNSで交流のあった人たちが、ライオンの群れのように一緒に狩りに出ている。そんな感じかもしれません。
平穏なフィードで語らう時間は居心地がよいもの。けれど、狩りに出ないライオンは飢えるように、Substackというプラットフォームは、いつか必ず「で、あなたは何を差し出す狩人なの?」と、その目的を突き付けてくるはずです。
言うまでもなく、Substackは「購読至上主義」なのです。
プラットフォームのすべては、購読に向けて設計がなされています。
いつも参考にさせていただいているサブスタッカーのお一人、よしだ健康さんがこんな興味深い記事を書かれていました。
Substackのダッシュボードでは、それこそnoteのダッシュボードとは比にならないくらいのデータをチェックすることができます。
そして、よしだ健康さんが記事で推奨されている「見るべき3つの数字」。これらはすべて、「購読」につながるものです。
ご存じのようにバズる仕組みも、綿密なレコメンドシステムもない。自ら外に狩りに出ない限り、コミュニティは一定の大きさで頭打ちになります。
ここを意識しておかないと、「で、結局何のための場所だっけ?」ということにも、なりかねません。
では、何をしたらよいのか。私が思う3つの基本戦略はこちら。
① 購読者を増やすことを最優先する
いいね数、フォロワー数、それがいかに「購読」の増加につながっているか。
数字を見るなら、購読者数の増加。反応を見るなら、登録率。
こちらの数字の見方については、先にご紹介したよしだ健康さんの記事をぜひ参照ください。
② Substack内で完結させない
ほとんどの方が、XやThreads、note、stand.fmなど、別のプラットフォームで発信をされているのではないかと思います。
あるいは、リアルの交流会などでも構いません。ことあるごとに、Substackの存在をアピールし、興味を持ってもらうアクションは必要です。
③ 「何者なのか」を早めに決める
これが一番重要かもしれません。
Substackは居心地の良い場所です。私が毎朝投稿している、朝ごはんの話題にも反応してくださる優しい方が多い。
けれど、それと購読登録はまた別のお話。なので、私は朝ごはんの投稿以上に、「言葉と書くこと」についてのノートを書き続けています。
「何について発信する人なのか」
「どんな視点を持っているのか」
「読む人に何を届けたいのか」
ここを少しずつ明確にしていく。完璧に決める必要はまったくありません。
ただ、「私はこういうテーマを探求している人です」という旗印は立てた方がよい。その旗があるからこそ、同じ方向を向く人が集まってくるのです。
私自身、まだ試行錯誤の途中です。
もちろん、朝ごはんの話を書きたいわけではありません。これは、人となりを知っていただくため。
お伝えしたいのは、その先にある「言葉」や「書くこと」。
だから、その旗だけは見失わないようにしています。
✿ おりらちゃんの今日のまとめ ✿
私は、Substackの仕組みがむしろ好きです。
なぜなら、数字をごまかせないから。読まれなければ増えない。登録したいと思わなければ購読されない。
だからこそ、自分が何を届けたいのかを考える必要がある。
朝ごはんの話もするけれど、その先には必ず私の探究テーマがある。そんな場所に育てていこうと思っています。
残酷だけれど誠実。
今の私には、そんなSubstackが心地よく感じられています。
皆さんは、Substackのどんなところに魅力を感じていますか。Xやnoteなどとの違いについて感じていることがあれば、ぜひ教えてください。
それでは、また次回のニュースレターでお目にかかりましょう。
自身とこれからの人生を支え、読む人の共感と共鳴を呼び、やがては価値を生む資産へと育つ「自分のことば」を取り戻す。
書き方を教えるのではなく、書く人を整える『ことばと書く人の寺子屋』も開講しています。






とても参考になる内容で、爆発的に購読者が伸びないんですが、
一人一人増えていっているので、それでいいかなって思いながら
自分が生きていける狩りを続けたいと思います。
文芸的な叙情性を感じるけれど、決してフィクションではない。この文章の中には分析に基づいた真実がある。美味しゅうございました🙏