「削る」のが苦手な人へ。推敲とは「何を残すか」を決める時間
書きたいことと、伝えたいことは同じではない
こんにちは。りらの花です。
「せっかく書いたのに、削るなんてもったいない」
こんな風に思ったことはありませんか? 私も書く仕事を始めた頃は、よくそう思っていました。
けれど、30年以上続けてきて思うのは、本当に時間をかけるべきは「書くこと」ではなく、「削ること」。すなわち、「推敲」です。
それは単に、文章を短くすればよいということではありません。
推敲とは、「何を伝えたいのかを、もう一度見つけ直す時間」だと考えています。
推敲のお話に入る前に、一つ誤解をしていただきたくないことがあります。
「書きたいこと」を書くのが、悪いというわけではないこと。
むしろ、その時間は必要です。
モヤモヤした感情や考えを抱えたまま、「読む人に伝わる文章を書こう」としても、なかなかうまくはいきません。
なので、まずは「全部吐き出してしまうこと」です。
誰にも見せないつもりで。順番など気にせず。まとまりなんてどうでもいい。
気の向くまま、思いつくまま。
「ひとりブレーンストーミング」をするのです。
それは文章を書くというよりは、自分の考えや感じていることを、紙や画面の上に広げるような感覚です。
そして、できればこの工程は「手書き」でやることをオススメします。
というのも、手で書くというスピードがゆっくりな思考を生むからです。
キーボード入力、最近では音声入力をされる方も増えてきました。それはそれで、効率化を考えるとよいことです。
けれど、思考面から考えると、手書きをするからこそ生まれる「ゆっくりさ」に意味があったりもします。
このゆっくりとした速度は、脳がじっくりと言葉を味わうのにちょうどよいテンポ。
デジタルツールのスピード感は、頭に浮かんだものを勢いよく出力することには最適です。
けれど、あまりに言葉を速く紡いでしまうがゆえに、熟す間もなく、浅いまま文字になってしまうこともあるのです。
なので、私は「手書き」を意識して取り入れるようにしています。
少し脱線しました。
手書きをするか否かは、人それぞれでやりやすい、やりにくいがあると思います。
やりかたはともかく、まずは「すべて外に出してみる」。
そうして「書きたいこと」を俯瞰して見ることは、文章の土台作りに欠かせないと思っています。
書きたいすべてのことを一旦吐き出してみると、冷静になります。
そこで、自分に問いを投げかけます。
「本当は何を書きたかったのだろうか」
「これは読む人に伝えたいことなのだろうか」
「それとも、誰かに聞いてほしかっただけなのだろうか」
この問いは、とても大切です。
なぜなら、書きたいことと、伝えたいことは、同じではないからです。
一方で、伝えたいことは、書きたいことの中からしか生まれないというのも事実。
なので、最初から「読者のためになることを書こう」と構えすぎると、視野が狭まってしまいます。
まずは書く。感情や思考を出し切る。
そのあとに、「伝わるように」推敲する。
私は、その順番が妥当ではないかと思っています。
さらに、推敲するときもいくつかの問いを自分に投げかけます。
「この一文は、ほんとうに必要?」
「このエピソードは入れなくても、伝わるのでは?」
「この一文を残したいのは、読者のため? それとも、自分が手放せないだけ?」
こうした問いかけは、書いたものを客観的に見るのに役立ちます。
書いているときは「これ、必要!」と思っていたパートが、読み返してみると、テーマからは脱線していたなんてことも、しょっちゅうあります。
反対に、何気なく書いた一文が、その記事全体を支える軸になっている場合も。
「削ること」が大事ではあるのですが、ここでもう一段掘り下げると、削るためには「何を残したいのか」を考える必要があります。
ほんとうに大切なのは、「削りましょう」ではなく、「残す理由を考えましょう」ではないかと思っています。
記事を書き終えたあと、タイトルを考えますよね。
タイトルは、読者を惹きつけるものであると同時に、その記事を象徴する一文でもあります。
まずは、記事を象徴するタイトルを考える。その元となる、象徴的な一文を文章の中から見つけ出す。
もし、その一文が見つからない、あるいは「あれもこれも」と出てくるようであれば、その記事はまだ、まとまりきっていないのかもしれません。
そこで、再度、全体を見渡して推敲をします。
ここで、削った文章、段落は「ゴミ」ではないのです。
また別の記事で、それを膨らませて書くことができる。未来へ預ける言葉です。
・・・が、こうした工程は、ある程度の時間を要します。
私たちは日々、書くことばかりをしていられません。
なので、こうした時こそ、AIの力を借りるとよいと思うのですよね。
たとえば、残す理由を見つける「推敲の壁打ち」プロンプトはこちら▼
あなたは文章の客観的な編集者であり、私の「伝えたい核心」を一緒に見つけるパートナーです。
今から、私が頭の中のものをすべて吐き出した、まとまりのない文章を共有します。
これらをじっくり読み、以下のステップで私に問いかけや提案をしてください。
1. 【核心の抽出】
この文章の中で、最も輝いている(筆者が本当に伝えたがっている)と感じる「象徴的な一文」や「テーマの軸」を3つほど候補として挙げてください。
2. 【客観的な問いかけ】
全体を俯瞰したときに、「テーマから少し脱線しているかもしれないけれど、未来の記事に預けられそうなパート(削り候補)」を、理由を添えて教えてください。
3. 【タイトルの提案】
この文章の軸を活かした、読者の心を惹きつけるタイトル案を5つ提案してください。
まずは、私の文章を分析した結果を教えてください。そのあと、一緒にブラッシュアップしていきましょう。
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[ここに文章を貼り付ける]
AIに勝手に文章を書き直させるのではなく、「どこが核心に見えるか」「どこが脱線しているか」を指摘してもらいます。
その返答を見て、「あっ、そこが響くんだ」「いやいや、残したいのはそこじゃないよ」と自分自身で気づくこと自体が、推敲のプロセスになります。
AIに指摘されてムッとする(笑)からこそ、「本当に書きたかったこと」が逆説的に見えてくることもあるのですよね。
そこで削った文章は「未来への預かりもの」としてストック。次はそこから始めれば、もっと早く、もっと深い文章が書けるようになります。
そう考えると推敲とは、文章を整えるだけの時間ではない。
「自分が本当に伝えたかったこと」と出会い直す時間なのかもしれませんね。
✿ おりらちゃんの今日のまとめ ✿
文章を書くとき、「全部書いてから削る派」ですか?それとも、「最初から整えながら書く派」ですか?
ぜひコメントで教えてください。みなさんの書き方も、とても興味があります。
それでは、また次回のニュースレターでお目にかかりましょう。
推敲は、一人でもできます。
けれど、ときには誰かの視点が入ることで、自分では見えていなかった「核心」に気づくことがあります。
『ことばと書く人の寺子屋』でも、そんな「問い」と「対話」を通して、自分の言葉を磨いています。





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りらさん
私も思うがままに書いて後から見直して削っていくのですが、
どこを削ろうかとても悩みます。
悩んで翌日まで寝かせてみなおすと、
全体的に納得いかなくてお蔵入りにしてしまうことも多々......。
りらさんが作ってくださったプロンプト、
次のnote記事で使わせていただきたいと思います!ありがとうございます✨